十人の高禄(600~2000石)の侍によって編成された組。家中騒動に際しては、八人の侍が生駒家を去った。(残留したのは、三野・多賀の二人のみ。)
高松城下での屋敷の割当は、郭内五人、西浜四人、その他一人。
組総知行高は9420石。
この組では、三野孫之丞のみが、700石の新田開発を行ったが、この数値は、特筆に値する。
三野孫之丞は、三野四郎左衛門の嫡子。高2000石。
上坂丹波は、上坂勘解由の嫡子。高1000石。
多賀源介の室は、生駒將監と山里の間に生まれた女子。高1000石。
讃州生駒家家臣 中山氏
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本稿では、藩政末期に編纂された侍帳に名が見られない中山氏をご紹介申し上げる。
中山氏の初出は、
文禄五年(一五九六年)の奥書のある「生駒殿願文」である。本書には、藩主以下、百九名の氏名が列挙されており、生駒家襲封初期の家臣団氏名を知る上で稀有の史料である。そして、本文書の四十四番目に中山勝三郎、九十五番目に中山喜...
7 年前